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神戸クラブ50周年記念パーティー

 8日にスケートを始めてからずーっとお世話になっている、神戸フィギュアスケートクラブ創立50周年の記念パーティーが、神戸ポートピアホテルで行われました。

 私がスケートを始めてクラブの入ったのが5歳のときだから、もう28年、クラブのお世話になっていることになります。まさしく人生の大半です。

久々の華やかなパーティーに出席し、ちょっとお洒落をして出席するのって楽しい。今回は特に日々育児に追われて、自分のことに構う時間があんまりなかったので、今回のパーティー、特になんかウキウキしてました。

パーティーではごーく懐かしい人や、久しぶりの人とも会えて、嬉しかったです。

ほとんど身内ばかりで出席者124名中、たぶん80名くらいは顔見知り。知らない人言えば、最近スケートを始めたおちびちゃんスケーターとその親御さんくらいかな。

久々で話したっかたのに全然話せなかった人もいて、残念。
この人とは絶対話したいという人とは、話せたのはよかったけど、2時間半くらいの宴会でこの人数全員と話すのは無理か・・・。

主な出席者といえば、クラブを立ち上げた上野&平松両先生はもちろん、長久保先生(荒川静香を高3まで教えたコーチ)、濱田先生、田村岳斗くん、あと山下先生もきてらっしゃいました。

会議員も来られてました。平松先生をはじめ、スピーチをした人は、「姫路のリンクも閉鎖し、今兵庫県で年間通じて営業できるところがないので、選手達は本当に大変。是非選手達の練習環境をよりよくするのに協力してほしい」ということを助役や議員の方に幾度とアピールしてくれましたが、この思い、少しは市長にまで通じるかな?通じたとしても、年間練習できるリンクができないと意味がないわけですが・・・。

スピーチでも言われてたけど、やはりこのクラブの歴史って、平松&上野先生が神戸のスケートの普及、発展のために苦労して、力を尽くしてこられた結果の歴史だと思います。
神戸には昔からずっと、年間通じて練習できるリンクがなかったから、みんな夏になると大阪や姫路まで通っていました。その中でクラブを存続させるのって並大抵でなかったはず。


平松先生とは、ご存知のとおり、平松(旧姓、上野)純子さん。神戸では平松先生と言われています。今回日本スケート連盟のフィギュア部長に就任。現役時代も五輪の2回出場し、長野五輪では審判団の宣誓をされました。名実ともに素晴らしい先生で、ISU理事にも名を連ねているので、日々超ご多忙な様子です。

上野先生は平松先生のお母様の上野衣子さん。戦前の全日本で2位などをとられ、五輪出場を目指されましたが、戦争に入り、断念。その五輪への夢を娘の純子さんに託され、実現。神戸のスケート界普及のために指導された他、国際審査員として数々の国際大会で活躍。札幌五輪の審査員もされました。

そして、来賓として神戸市長の助役とか市
思えば、クラブができた50年前というと、平松先生はまだ10代のときだから、まず上野先生がクラブを立ち上げらんでしょうね。

パーティーの後半で、クラブの過去から現在にかけて頑張っている選手の滑るシーンや写真がビデオで流されました。それを見て、自分がスケートを始めたときのワクワクした思いとか、途中伸び悩んで苦しかったこと、現役最後の年のこととか、

あと「○○ちゃん、こんな滑りして、頑張ってたなあ」と他の同じクラブで滑っていたスケーターのことなどいろいろ思い出して、なんだかジーンと来てしまいました。

ほんとあっという間に過ぎたパーティーでしたが、久々にいろんな人と会って、いろんなことを思い出させてくれて、またスケートに対する自分の気持ちを再確認できた感慨深いパーティーでした。

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