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関大リンク、オープニングセレモニー

13日に、関大のリンクのオープニングセレモニーが行われ、行ってきました。

このセレモニーのアイスショーの部では、地元のジュニア選手から、高橋大輔くん、織田信成くん以外にも村主さん、安藤さん、中野さんなど世界で活躍するトップ選手も大勢出演。

各選手のレポをかく前に、新リンクの状況などを少し説明したいと思います。

 リンクのある関大高槻キャンパスは場所はJR高槻駅(JR大阪と京都のちょうど真ん中に位置する)から車で15~20分のところ。一昨年まであったO2リンクが比較的高槻の市街地にあったのに対して、関大のリンクは、思いきり山の中です(笑)

リンクの目の前に芝生とグランドがあり、他のスポーツ施設とひっついてる感じ。ちなみに高橋くんと織田くんの囲み会見もこの芝生で行われました。


施工費が8億円で、年間維持費が約4200万円。
関大生、関大一高生以外にも地域の幼稚園から高校生や他大学にも空いている時間はリンクを提供する意向。しかsh、リンク使用代だけで、リンクを維持することは考えず、学費から補助する方向で考えているとのことでした。


 気になる中ですが、リンクの入り口を入ると、すぐの通路に大輔くんと信成くんの滑っているときやキス&クライの写真パネルが展示。

さらにリンク内には、左から佐藤久美子先生、大輔く、信成くん、信夫先生の順で、壁に超特大(大きさは5×5m、いやそれ以上かも!?)の写真が印刷された布がぶら下ってます。こんなに大きかったら、どんなに目の悪い人でも見逃さないでしょう(笑)


氷には関大のアイスホッケーチームの「カイザース」のマークのロゴがマーキングされてました。

そういえば、今、世界トップ選手を多数育てている名コーチの佐藤ご夫妻も関大卒業生だったのですね~。 もちろん、コーチ兼来賓で来られてました。


久美子先生と、信夫先生の写真は選手時代のもので、久美子先生はコスチューム姿で、信夫先生はタキシード姿で白黒写真。久美子先生いわく約38年前のものなんだそうですが、風貌は今も全然変わってらっしゃらないなと思いました。


リンクは、もちろん60×30mの規格の大きさで作りはいたってシンプルですが、500の観客席やシャワーと洗面所月の更衣室が4室、電光掲示板、など、必要なものは完備されてます。
選手に聞くと、セレモニー当日は人が多くて室温が上がり、練習時より氷が柔らかくなってたそうですが、
氷のコンディションもなかなか良く、快適に練習できそうとのことです。


オープニングに寄せて、小泉首相からもメッセージがあり、くす玉開き(ちゃんと下にくずがおちないような玉でした)
では、佐藤ご夫妻も手を添えられていました。

関大に続き、中京大もリンク建設決定で来年建つというのは、非常に喜ばしくて嬉しいニュースです。日本中の大学にどんどんリンクを建ててほしいと思いますが、大学や公的施設の他はもう建つ見込みはないんでしょうね・・・。せめて今ある公的スケートリンクも、通年営業で、営業時間も練習できるようにしてほしいと願うばかりです。

有名選手のレポは、機会がればのちほどアップしますね。

神戸クラブ50周年記念パーティー

 8日にスケートを始めてからずーっとお世話になっている、神戸フィギュアスケートクラブ創立50周年の記念パーティーが、神戸ポートピアホテルで行われました。

 私がスケートを始めてクラブの入ったのが5歳のときだから、もう28年、クラブのお世話になっていることになります。まさしく人生の大半です。

久々の華やかなパーティーに出席し、ちょっとお洒落をして出席するのって楽しい。今回は特に日々育児に追われて、自分のことに構う時間があんまりなかったので、今回のパーティー、特になんかウキウキしてました。

パーティーではごーく懐かしい人や、久しぶりの人とも会えて、嬉しかったです。

ほとんど身内ばかりで出席者124名中、たぶん80名くらいは顔見知り。知らない人言えば、最近スケートを始めたおちびちゃんスケーターとその親御さんくらいかな。

久々で話したっかたのに全然話せなかった人もいて、残念。
この人とは絶対話したいという人とは、話せたのはよかったけど、2時間半くらいの宴会でこの人数全員と話すのは無理か・・・。

主な出席者といえば、クラブを立ち上げた上野&平松両先生はもちろん、長久保先生(荒川静香を高3まで教えたコーチ)、濱田先生、田村岳斗くん、あと山下先生もきてらっしゃいました。

会議員も来られてました。平松先生をはじめ、スピーチをした人は、「姫路のリンクも閉鎖し、今兵庫県で年間通じて営業できるところがないので、選手達は本当に大変。是非選手達の練習環境をよりよくするのに協力してほしい」ということを助役や議員の方に幾度とアピールしてくれましたが、この思い、少しは市長にまで通じるかな?通じたとしても、年間練習できるリンクができないと意味がないわけですが・・・。

スピーチでも言われてたけど、やはりこのクラブの歴史って、平松&上野先生が神戸のスケートの普及、発展のために苦労して、力を尽くしてこられた結果の歴史だと思います。
神戸には昔からずっと、年間通じて練習できるリンクがなかったから、みんな夏になると大阪や姫路まで通っていました。その中でクラブを存続させるのって並大抵でなかったはず。


平松先生とは、ご存知のとおり、平松(旧姓、上野)純子さん。神戸では平松先生と言われています。今回日本スケート連盟のフィギュア部長に就任。現役時代も五輪の2回出場し、長野五輪では審判団の宣誓をされました。名実ともに素晴らしい先生で、ISU理事にも名を連ねているので、日々超ご多忙な様子です。

上野先生は平松先生のお母様の上野衣子さん。戦前の全日本で2位などをとられ、五輪出場を目指されましたが、戦争に入り、断念。その五輪への夢を娘の純子さんに託され、実現。神戸のスケート界普及のために指導された他、国際審査員として数々の国際大会で活躍。札幌五輪の審査員もされました。

そして、来賓として神戸市長の助役とか市
思えば、クラブができた50年前というと、平松先生はまだ10代のときだから、まず上野先生がクラブを立ち上げらんでしょうね。

パーティーの後半で、クラブの過去から現在にかけて頑張っている選手の滑るシーンや写真がビデオで流されました。それを見て、自分がスケートを始めたときのワクワクした思いとか、途中伸び悩んで苦しかったこと、現役最後の年のこととか、

あと「○○ちゃん、こんな滑りして、頑張ってたなあ」と他の同じクラブで滑っていたスケーターのことなどいろいろ思い出して、なんだかジーンと来てしまいました。

ほんとあっという間に過ぎたパーティーでしたが、久々にいろんな人と会って、いろんなことを思い出させてくれて、またスケートに対する自分の気持ちを再確認できた感慨深いパーティーでした。

またもやリンク閉鎖

前回の日記のコメントにも書き込んでいただいているが、長年お世話になった姫路のリンクが、6月末でついに閉鎖された。

姫路アリーナといえば、あの「てるてる家族」のドラマの練習シーンでも使われたリンクで、個人的にも長年お世話になり、思い出がたくさん詰まったリンクである。

過去の姫路のリンクといえば、決してきれいではなく、失礼な言い方をすると日本にあるリンクの中でもボロい方だった。

あの薄暗い照明にペンキのはげた壁やフェンスの湿気のこもったにおいとか、天井から水滴が落ちたことによってできたコブの列の上をすべる感触とか、今でも頭ではなく、感覚で覚えているような気がするから不思議。

あと姫路で行った数々の練習、エキジビション、バッチテストのことなどもふと思い出した。

その中でも大学に入ったばかりのオフシーズンのとき(4月頃)、ちょっと浮かれて太ってたときがあって、先生に腰の肉をつままれて「あなたちょっと太りすぎというか、体も気も弛みすぎ。脂肪燃焼のためにリンク100周滑っときなさい」と言われて、先生ににらまれる中、必死でリンクをぐるぐる回ってたことを強烈に覚えている。

あと。「フィギュアスケートの魔力」でも書いたが、あそこのリンクは外との気温差が生じて、みんながゴーゴー滑りだすとモヤがすごく出て、辺りが真っ白になる。そのモヤを取るために、夏は何台か常に扇風機がおいてあるけど、それでも間に合わなくて、バッチテストとかよく中断していたなあ、とか。

ジャンプとか失敗したら、ジャッジの人もモヤを理由にやり直しさせてくれることもあったり・・・。モヤの恩恵というやつかな!?(笑)

でもあそこのリンクのスタッフの方は、みんな長年勤めている年配のおっちゃんやおばちゃんで気さくで明るく、リンクも古き良き温かいものが流れていた。。インストラクターになってからは、レッスンの合間の時間になると事務所にいき、おばちゃんがお茶やお菓子をを出してくれて、いろいろ世間話したり、久しぶりにリンクにいってもいつでも温かく迎えてくれた。

ここ数年施設が老朽化して、なおすお金もないから、「姫路のリンクは閉鎖するらしい」という噂は毎年のように出ていたけど、ちょうどてるてる家族のドラマのロケをする年(02年か03年)に、氷も張り替えて、内装も綺麗にしてプチ改装。これで氷の質は、ずいぶん改善されて、選手滑りやすかったはず。せっかくリニューアルしたから、しばらくは持つかなと勝手に思ってたのだけど・・・。

一言で表現するのは難しいが、今回の閉鎖は本当に残念でならない。

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