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一年を振り返って

遼が生まれて、丸一年が経ったわけだが、振り返ってみると、私にとってまさしく激動の一年でいろいろなことがあったなあと思う。

生まれたときは、3kgちょっとで小さく細く、首も座ってなくて、私がいないと何もできなかっった息子が、今や10kg近くなり、目を離すと、すぐにどこへでも歩いていってしまう息子になった。21日のコメントの欄に「ふにゃふにゃだった赤ちゃんの頃が懐かしい(その方の娘さんは4歳だそうだ)」と書いてくださった方がいたけど、まさしくその気持ちである。

産まれて2週間後ぐらいからは、夜抱っこしたら寝るのに、しばらくしてベビーベッドに置くと、大声で泣く→また抱っこして寝かしつけて、ベッドに置くと泣くの繰り返しで、ほとんど寝れずフラフラになり、夜が来るのが怖かった日も、今となっては懐かしい。(と言っても、もうしばらく同じ経験はしたくないが。)

そして、遼が産まれて1ヶ月ちょっとした11月の初め。NHK杯の取材に行くことになって、遼とダンナと3人で名古屋まで車で行ったっけ。試合の合間のちょっとした時間に、授乳に帰りやすいから、とリンクから徒歩5分のビジネスホテルに泊まったけど、一ヶ月ちょっとしか経ってない赤ちゃんを連れてビジネスホテルに泊まるなんて、その時はなんとも思ってなかったけど、結構無謀なことしていた。私が取材中、ダンナが遼を見てくれていたのだが、女子フリーはダンナも見たかったらしく、自由席のチケットを買って、遼を連れて、最終グループのみ立って見たらしい。(安藤さんと荒川さんのときは大人しく見ていたそうだが、恩田さんのときだけ泣いて見れなかったそうだ。)休憩時間には、知り合いのライターさん達(みんな女性)に、「じゃあ、私は授乳をしに、一回ホテルに帰りますので、後ほど~」なんて飄々と言って、ライターさんたちが「はあ・・・」と目を丸くしていた。

その後の全日本の取材のときは、遼を連れていこうと思っていたが、遼が風邪を引いたので、遼を実家に預けて、私だけが行くことに。その後のことは以前にも書いたが、実家でずーっと泣いていて、ミルクも拒否してストライク。19時間飲まなかったらしい。私が帰ると機嫌はよく、すぐにおっぱいにくらいついてきた。

あと、遼は甘えたな性格なのか、大人数があまり得意ではらしく、ママ友達とそのベビーちゃんたちと集まったり、ベビーマッサージに行くたびに大声で泣くという、泣き虫ナンバー1で、「なんで遼だけ、こんなに泣くんだろう!?」と深く考えこんだこともあった。

上に書いたこと以外に、まだまだ書ききれないほど、一年間でいろいろなことがあった。遼が産まれて一年だけど、私が母親になってから一年。私も、遼と一緒に成長していきたいし、今母としてこの時期しかできない体験をいっぱいしていきたいと思う。

一歳の誕生日

IMG_0482  今日(21日)は遼の初めてのお誕生日。ほんとは、私の手料理を振る舞いたかったんだけど、2,3日前に熱を出して体調を崩し、周りのみんなが配慮してくれて、ケーキのみのパーティーとなった。バースデーケーキは、ケーキ教室の先生である私の親友(藤野真紀子先生の直弟子)が、遼のためにケーキを焼いてくれて、私とダンナ、と私の両親、おばあちゃん、ケーキを持ってきてくれた私の親友の6人で遼の誕生日を祝った。ケーキは遼でも食べれるようにとヘルシーかつ甘さ控えめ。シフォン生地にヨーグルトを混ぜた低脂肪の生クリームをコーティングし、いろんな種類のフルーツをのっけてもらう。遼は、生ケーキ初体験だったが、にっこり笑って食べ始め、大人の3分の2の量をほとんど全部平らげた。全くこの食いしん坊ぶりは誰に似たんだか(笑)

それにしても月日が経つのは、本当に早い。遼は昨年の9月21日14時33分に産まれたから、私は20日の朝から、「ちょうど昨年の今頃、日が照り返す中、ダンナと甲山を2往復して、下る途中で滑って転んで、蛇を見たなあ」とか、20日の晩から21日の朝は「今頃、陣痛が始まってヒイヒイ言ってたなあ」とか、お産のときのことを思い出していた。

私はお産が終わってすぐ、息子を胸に抱いた。出産を終えた大抵のママたちはそこで感動するらしいのだが、、なぜか私はその時にあまり実感が沸かなかった。もちろん嬉しかったし、息子を見て可愛いと思ったが、それより「お産が終わった。これで痛いのは終わり!」という充実感の方が強かったのかもしれない。

私が本当に母になった喜びを感じたのは、それから5時間くらい後のこと。お産が終わってダンナや家族が帰って、、しばらくすると、看護婦さんが、透明のプラスチックに囲われた新生児用ベッドに寝ているわが子を連れてきてくれた。それで、「ベッドで一緒に寝ることもできますよ」と言って大判の白いタオルにわが子をくるんで、私のベッドの壁際に置いてくれた。それから、一緒にベッドで横になったのだが、まだ生まれたてのちちゃなわが子が、しばらくの間、にごりのない目で、じーっと私を見てくれた。

このときである。、私は「わが子ってなんて愛しいんだろう!!」と思ったのは。親がいうのもなんだけど、このとき、わが子は本当に天使みたいに光ってまぶしく見えた。そして母親になった幸せをはじめて実感したのも、このときだった。私は一生、このときの光景、気持ちを忘れないことだろう。

この日記を書きながらも、なんだかまた思い出してジーンときてしまった私である。

次に続く。

保育園、その後

今日で遼が保育園に通い始めて5回目の日。

2回目の保育ときは、初日よりちょっと慣れたようで、泣く時間も減ったようだ。そして園児が順番に名前を呼ばれて、「ハーイ!」と手を上げる遊びがあったらしいが、遼は一回目から「まつお りょうくーん」と名前をフルネームで呼ばれると、「ハーイ!」と言って手を上げたらしい。家でもたまに名前を呼んで「ハーイ」とする練習はしていたのだが、自分で手を挙げたことは一度もなかった。この光景、見たかったなあ。

そして3回目以降、このまま泣く時間が少なくなって、慣れていくのかなあと思っていたのだが、そうはうまくいかなかった。

3回目から、保育園の玄関を見た途端、泣き出したのだ。そして教室に入ると、さらに大声でギャアギャア叫んで泣き出し、先生に抱っこされても、涙、鼻水、よだれを流しっぱなしで、すごい声量で泣き続けていて、遼につられて泣く子も現れ、玄関を出て車に乗るときも、遼の大きな泣き声が聞こえてきた。ここまで泣かれると、親としてもつらい気持ちになった。なんだか初回のときより、つらい気持ちが強くなってきたかも。

3、4、5回目はお迎えの時間は昼ごはん食べてお昼ねした後の14時頃だったが、3回とも遼は午前中ほとんど泣きっぱなしで、10時に食べる午前中のおやつはとても食べれる状況でなく、スキップしたらしい。あれだけ食いしん坊の遼なのに。まあ、その分お昼ご飯は、大きな口をあけて、全部平らげているようだから、心配ないのだが。その後のお昼寝も、遼はいつも1時間足らずで起きてしまうらしい。きっと周りが気になって寝れないのだろう。

どうやら保育園に慣れるには、親も子もまだまだ時間がかかりそう。やれやれ。

あせらずゆっくり慣れていきまーす。

保育園デビュー2

そしていよいよ、保育園初日。

初日は慣らし保育ということで、9時から10時半の一時間半のみ。

遼のクラスは0歳児の「すみれ組」の教室で2階にある。先生から荷物の置き場所のことやお迎えのことなどの説明を受け、遼を先生に預けて抱っこしてもらう。それからちょっとの間はあったものの、やっぱり泣いた。私は「先生、お手数かけますが、どうぞよろしくお願いします。遼、ママちょっとしたら迎えにくるから頑張ってね」と先生と遼に挨拶をし、私は遼に背を向けて教室を出ようとした。そしたら、さらに大声で泣きわめいたけど、私は振り返らず教室を後にして、そのまま園を出て行った。

友達から「預け始めは、子供が泣くから親としてもとてもつらいけど、子供って慣れると案外ケロっとしてるからあまり気にしないように。」という助言をもらったので、それこそ初日の息子との別れってすごくつらいものかと思ってたけど、自分が案外サバサバして帰ったのには、びっくりした。なんというかつらいんだけれども、「息子よ。つらいうだろうけど、これも試練だ。頑張れ!」という感じで、あまり後ろ髪は惹かれない。それより、昨年末の泊まりで全日本の取材にいくために、実家に遼を預けた時、玄関で泣かれたときのほうが、もっとつらかった。(当時遼は3ヶ月)あの時は丸2日間、遼と会えなかったし、まだ母乳もあげてたし、不安もつらさも大きかったかもしれない。ああ、そうか、私はあのときの一回で、預けることに慣れてしまったのかな!?

遼と同じ日から通い始めた、一階の1歳児クラスの子が「行かないで~」とお母さんに大声で懇願して泣いてて、お母さんは教室の入り口の辺りで帰ろうとしては引き止められて、息子を説得してと、大変そうだった。言葉を話すようになると、思っていることがはっきり分かるだけに、もっとつらいのかもしれない。

家から保育園までは車で7、8分の距離だが、初日は家に帰ってから洗濯して、掃除して、洗濯物干したら、あっという間にお迎えの時間に。10時半にお迎えに行ったら、遼は私の存在に気付くまでは先生に抱っこされて、ご機嫌でいたのに、私の存在に気付いた途端、大声で泣き始めた。やっぱり初日は、食いしん坊の遼が朝のおやつに手をつけれないほど、ほとんどすっと泣いていたらしく、先生がずっと抱っこしてくださっていたとか。やはり保育士という職業もや想像以上にハードみたい。

遼もやはり初日で緊張したらしく、疲れたみたい。帰ってお昼ご飯食べたあと、すぐに寝て3時間以上起きてこなかった

保育園デビュー

いよいよ9月から遼が保育園デビュー!といっても週に2回の一時保育ですが。私もシーズンに入るとちょくちょくは仕事が入ってくるし、実家も近いとは言え、「私も用事あることだってあるし、そんな毎日、四六時中は見てられない」ということで、少し前からちょっとずつ保育園を見たりしていたのだ。幸い私の親も主人の親も「集団生活で学ぶこともあるだろうから」と保育園に預けることには、反対しなかったので、よかった。主人の母は、義妹の子供(遼にとってのいとこ)が保育園に預けられるのを見て、「初めは可哀相と思ったが、保育園でいろいろ学べているようで、とてもいいみたい」と考えが変わったらしい。

私が住んでる市の認可の保育園は、月~土まで保育している月極め保育の他に、母親が週に何回かだけ働いている人や、病気や出産で入院して子供を誰もみてくれる人がいないときに、最大週に3回、月12回まで預かってくれる一時保育事業をしている保育園がある。

事前に無認可も含めて一時預かりをしてくれる保育園を見学に見に行ったが、無認可の保育園と違って、教室や園庭も広いし、先生の数も多く、、施設も充実していてきれいし、先生や教室内の雰囲気も良かった。保育時間は最長で朝8時~18時まで預かってくれて、代金は食事代も含めて、一日2000円。一回一回その都度2000円を払うので、急に風邪で休む日とかは、もちろん払わなくてよい。これは、無認可の保育園のに比べて破格的に安い!市が保育園に援助金を払っているかだろうが、無認可の保育園の一時預かりは一時間1000円が相場。もちろん我が家の近くには、施設も先生もすごく充実していて、オプションで英語や音楽、体操教室、そして幼稚園や小学校のお受験対策までしてくれる、至れりつくせりの無認可の保育園もあるけれども、料金が目が飛び出るほど、めちゃくちゃ高いのだ(某有名モデルさんの息子が通っていた有名保育園は、入会金だけで100万円を超すとか!!)こんなわけで認可保育園の一時保育の申し込みは殺到していて、よほど緊急の保育(母親が急に病気で入院した場合とか)が必要でなとき以外は、かなり長い間の空き待ち状態だそう。私はダメ元で市に申し込んだのですが、ちょうど空きが出たため、すんなり入れることになって、ラッキーだった。

今回遼が通うことになった保育園は認可だれども、私立の保育園。通い始める前々日に園の事務所に通され、面接ということで、園長先生とお話をさせてもらったしたが、とっても気さくで親しみやすいけど、ど迫力のあるゴッドおばあちゃん先生。面接ということで、ドキドキしたけれど、何のことはない園に入れることを前提とした、説明みたいなものだった。その場にいた、他の若い先生達もあちこち歩きまわる遼の面倒を見てくれながら、丁寧に園のシステムの説明や、私の質問に答えてくれて「ここなら安心して預けられそう!」と思った。お昼の給食は「カレーや牛乳、豆乳もでるけど、遼くんアレルギーなどありませんか?」もしまだ食べたり飲んだりしたことなかったら、試しておいて下さいね。カレーはうちはバーモントカレーの甘口を使っています」ということで、面接の帰りにすぐ豆乳とバーモントカレーのルーを買って帰った。

明日に続く。

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