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メンタルトレーニング

先週、大学の選手時代からプロースケーターで引退するまで、精神面でいろいろサポートしていただいた、心理カウンセラーのH先生が、出張で神戸まで来ているということで、久々にお会いした。

H先生は、何年か前まで連盟のカウンセラーとして名を連ねておられて、強化選手だったら希望者は誰でも相談に載ってもらえた。しかし現在は連盟のカウンセラーはお辞めになっていて、大学教授をしながら、少数だけども個人的に選手のカウンセリングを行っている。

H先生と言えば、選手時代の佐藤有香ちゃんを劇的にプラスの方に変身させた、影の人物の一人と言っても過言でないと思う。高校3年生までの有香ちゃんは、お年頃ということと、ご両親がコーチということもあって、精神的に不安定な部分もあったようで、それで大会本番でも調子がいいときはいいのだが、悪いときはミスを連発するというように、演技にムラがあった。それで、高3のときの全日本選手権のフリーでは、ボロボロの出来で、総合4位となり、3枠あった世界選手権代表の出来の座を逃してしまった。その後、有香ちゃんは、カナダに渡って、ピーター・ダンフィールコーチにも師事するようになり、H先生のもとで本格的にメンタルトレーニングを行うようになる。その翌シーズンにあった、アルベールビル五輪代表の最終選考の全日本では、ほとんどミスのない完璧に近い演技をして、伊藤みどりさんと一緒に五輪の座を射止めた。その後の有香ちゃんの活躍は、1994年の幕張の世界選手権で優勝するなど、周知の通り。アルベールビル五輪のシーズンから、プロスケーター現在に至るまで、成長を続け、ミスのない安定した演技をずっと披露し続けている。

そして私はと言えば、自分でいうのも何だが、選手時代は大会本番にはまあまあ強い方だったし、周りからもそう言われた。が、実はすごい緊張しいで、大会寸前までは喉から心臓が飛びだしそうなほど緊張し、喉がカラカラになってほとんど誰とも口を聞けなかった。コーチのいうことも、頷くのが精一杯(笑)。だから大会寸前まで他の選手とペラペラおしゃべりして「じゃ、行ってくるね~」というような選手が羨ましくもあり、信じられなかった。

それで、私は大学1年のときにH先生の存在を知ってから、少しでも演技が良い方向に行くのならと、メンタルトレーニングを本格的に行うようになり、いろいろ悩みを聞いてもらったりした。私の場合、演技が劇的に変わったということはないかもしれないけれども、大会前、少しは冷静に対処できるようなったと思う。メンタルトレーニングを今までやってきたということが、心のよりどころみたいなものになり、緊張はすごくするんだけれども、本番直前の不安が少しは和らいだような気はした。そして、普段の練習も安定した気持ちで臨めるようになったと思う。

今の選手達は、私の時代よりさらに進んでるし、どの選手も本格的に行っているのかなあと思ってたのだけど、トップの選手の全員がやっているという感じではないみたい。もちろん、私が知らないだけで、個別に本格的に行ってる選手も多くいるみたいだし、メンタルトレーニングなどをしなくても精神的に強くて、大会でも実力を発揮できる選手もいるかもしれない。

だけど、練習やエキジビションでは素晴らしい演技を披露し、才能も豊かで実力もあるのに、本番ではボロボロで、ほとんど実力を発揮できなかったり、好不調の波が激しい選手がいる。(特に男子)そういう、こっちが見てて歯がゆい選手に限って、メンタルトレーニングの必要性をあまり感じてなかったりするのだ。私はある選手とに直接「メンタルトレーニングをしているのか」と聞いてみたけど、「精神面は、自ら厳しい練習に追い込んだり、大きな大会をに出て、試練を乗り越えていくたびに鍛えられて強くなっていくものだと思うから、特別にメンタルトレーニングをする必要はないと思う」という答えだった。うーん。確かにそうなのだけど・・・。私はなぜか腑に落ちなかった。

そしてコーチの中にも、「メンタルトレーニングやカウンセリングを受けることは良いことかもしれないけれど、せっかく築きつつある、自分と選手との信頼関係が壊されそうで、先に踏み込めない」という方がいて、私は「そういう考えのコーチもいるのか~。」とびっくりした覚えがある。まあよく考えると、恋愛関係に例えて、コーチと選手が恋人どおしだとすると、カウンセラーが間に入ると三角関係になっちゃうことを恐れているのかなあ、と思った。だけど、今や各方面のスペシャリスト達がチームを組んで、一人の選手をサポートする時代なのに、その考え方もどうかな・・・と。もちろん、チームが組める選手は限られてるのかもしれないけれど、「やってみてみて良い方向にいくかもしれない」ということは試してみる価値があるのでは、と私は思うのだけれど。

特に五輪や五輪最終選考の全日本選手権などでは、ほんとに今まで経験したことのないぐらい、五輪候補や代表の選手は相当大きなプレッシャーが肩にのしかかってくるはずだから、やはりできることなら、何かしらメンタル面もトレーニングしたほうがいいと思う。競技は違うけれど、あのタイガー・ウッズだって、かなり力を入れてメンタルトレーニングをしているというし、「ミス・パーフェクト」といわれてる、ミッシェル・クワンだって絶対やっていると思うし、今や世界の「強い」といわれる一流アスリートのほとんどの人がやっていると思うのだが。私もはっきり調べてないから、断言はできないけれど。

H先生の話によると、最近選手だけでなく、コーチからの相談もあるという。そう、選手を支えるコーチだっていろいろ悩みはあって、ストレスのたまる精神的にきつい仕事なのだ。

とにかく、どの選手も精神的にも強くなって、実力をフルに発揮した演技で、悔いのない五輪シーズンを過ごしてほしいと思うし、コーチの皆さんには選手達が気持ちよく本番に臨めるように、支えてほしいと思う。

遼、歩く

またまたごぶさたしております。今日は、書かずにはいられない、出来事があったので忘れないうちに書きます。

そう、題名どおり、遼が歩き始めた!もちろんまだヨチヨチでふらついていて、おぼおつかないけど、ほんと嬉しい!親バカなんだけど、なんだか感動してジーンときちゃった。

もう随分前からつたい歩きや、何もつかまらずに数秒間立つことはできたのだけど、それができるようになってから以降、身体動作については二ヶ月弱あまり進展なし。7月後半から、カタカタをもって歩き始めるようになった。まあ、ハイハイの時間が長いほど、脳や背筋が発達すると聞いたので、あまり早くから歩きはじめなくてもいいし、いずれは歩くようになるだろうと思っていたので、自然のなりゆきにまかせていた。

1週間前の日曜日に、遼にファーストシューズを買ってあげた。ファーストシューズとは、買う直前に友達から聞いて初めて知ったのだけど、普通の靴を履き始める前に、室内のみで履く、ソールの部分がないやわらかめの靴。まあ、靴下と靴の間みたいなもんかしら。靴のサイズを測ってもらうと12.5か13cmのサイズでメーカーによっては、ファーストシューズは12cmまでしか作ってないところもあり、遼は足のサイズは大きめみたい。せっかくだら柔らかい履き心地の良さそうな、ハイカットの白い革のお靴を買ってあげた。

それを買った日、さっそく家で靴を履かしてあげると、立とうとするのだが、フローリングでずるっと滑ってなかなかうまく立てない。しばらくすると地に足をつかむ感覚に慣れてきたみたいで、立ち始め、そのまま斜め横に足を出してながら、一歩、二歩あるいて、ストンとお尻をついた。本人もなかなか嬉しそうだった。

でそれから5日間は、一日一回ぐらい二、三歩歩くようになったのだが、それ以外はずっとハイハイ。だけど、6日目になる金曜日に、母と祖母(遼にとっては曾おばあちゃんになる)の家に遊びに行ったときのこと。遼が手を離して立っているときに、偶然テレビをつけて、チャンネルを変えていたら、アニメのチャンネルになると(クレヨンしんちゃんなんだけど)、それに釘付けになり、テレビの画面に向かって4,5歩、ヨチヨチ歩いた。みんなで「すごい。すごーい!」と褒めてあげると、本人もとてもうれしそうで、それからまた歩くように。そこで、コツをつかんだらしく、その日は調子に乗って、5,6回歩いた。

で、その次の日、主人の実家に遊びに行ったのだが、そこにはもうすぐ3歳になる遼の従妹もきていて、歩いていたので、その子に付いていこうとして、今度は約10歩歩くように・・・。それまでは足を伸ばしきったまま歩いていたのだが、それ以降足を軽く曲げて歩けるようになった。その後、私は見れなかったのだが、主人や主人の母の証言によると、ダイニングからリビングまで30歩ぐらい歩くようになった。わが子ながら、短期間の成長ぶりにびっくりした。

今も斜め横に脚を出して、ちょっとふらつきながら、歩くので、後ろから見るとなんだか酔っ払いのミニ親父のようだけど(笑)、見ていて微笑ましい。まだハイハイする時の方が多いが、そのうち、こっちが目を離した隙にとんでもないところへ行ってしまうほど早く歩いたり、走ったりするようになるんだろうな。「今度は外用のお靴も買ってあげなきゃ!」と思ってる今日この頃です。

長々と親バカ丸出しの日記、失礼しました。

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